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下田武史の初球から送りバント

原点

2018年3月22日

先日、就職活動をしている学生と話をする機会があり「下田さんはなぜアナウンサーの仕事を選んだのですか?」と聞かれました。

 

はて…? なんでだっけな? よくよく思い返してみました。

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今をさかのぼること20年以上前のことです。

当時は高校球児だった下田少年。3年・最後の夏、地方大会で敗れ、高校野球を終えました。大学や社会人で野球を続けるほどのレベルの選手でもないので、これで野球は終わりです。

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小学校時代から野球ばかりやっていたため、他の目標が見つかりません。受験勉強もしなきゃなぁ、でもやる気が起きないなぁ。燃え尽き症候群とまでは言いませんが、夏休みだったこともあり、しばらく部屋にこもっていました。

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そんな中でも、大好きな深夜ラジオ番組があり、それだけは熱心に聞いていました。

他にやることもないし、試しにハガキを出してみようかな、とネタハガキを出してみました。採用されるかな…と楽しみにしていたけど、採用されません。翌週も出したものの、採用されません。うーむ。

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闘争心に火がついて、そこから20枚ぐらいまとめて出したところ、ついに採用されたのです!

「あの嘉門達夫が、僕の書いたハガキを全国ネットの番組で読んでくれた!!」

私が好きだった番組は、「替え唄メドレー」や「鼻から牛乳」などで知られる歌手の嘉門達夫さんがパーソナリティの番組です。毎回ゲラゲラ笑って聞いていました。

その日も夜中に布団の中で放送を聞いていたのですが、ネタが採用された瞬間うれしくてうれしくて、ずっと体の震えが止まらないんですよ。あんなに感激したのは、これまで40年生きてきた中でも他にない体験です。

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根が真面目なもので、そこからはもう毎日毎日ネタハガキを書き連ねていました。朝から晩までずっと机に向かって何かを書いている姿を見て、きっと親は「ようやく受験勉強を始めてくれた」と思ったことでしょう。実際は大学受験の参考書なんぞには目もくれずネタハガキを書いていたんですけど…(笑)

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それから半年間で約750枚という猛烈なペースでハガキを出し続け、採用された数は77枚。番組でもすっかりおなじみの常連リスナーとして名が知られるようになりました。

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高校卒業を間近に控えたある日、崇拝する嘉門達夫さんから私の自宅に手紙が来ました。

内容は詳しくは書きませんが、ざっくりいうと「替え唄やネタ作りをする作家として、私と一緒に活動しませんか」というものでした。それはそれはうれしいお誘いで、即答で「お願いします」と返事…したいところでしたが、それが人生について考えるきっかけになりました。

私は嘉門達夫さんに感激させてもらったからこそ、今度は自分が誰かを感激させる伝え手になりたい!ラジオでしゃべりたい!と思ったのです。作家ではなかったのですね。

そこから将来の目標が「伝え手」になりました。

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しかし、その時その時の出会いや気づき、自分の適性など様々な要素の中で、進む道がどんどん変わり、ラジオ局ではなくテレビ局に就職、最初の仕事が報道記者職で、そこからはほぼ報道畑を歩み、いったんテレビすら離れて医療現場で働いていたという、全然当初の目標からは離れしまっている人生です。まーこれはこれで面白い人生だなぁと思って生きています(笑)

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ただ変わっていないのは「人の役に立ちたい」という思いです。「今度は自分が誰かを感激させたい」と思った高校時代からだいぶソフトにはなり「頑張っている人を取材してその人の思いに光を当てることができたら…」「自分の伝える情報で1人でも救われる人がいるなら…」という考えにシフトはしていますが「人の役に立ちたい」という思いは一貫しています。

 

今回のコラムの冒頭に登場した、就職活動中の学生・K君の問いには「ハガキ職人をこじらせて気がついたらアナウンサーになっていた」とだけ答えておきました。←おい!

下田武史

HABアナウンサー

下田武史

しもだたけし

誕生日:2月10日
出身地:東京都葛飾区
出身大学:江戸川大学
担当番組:「HABスーパーJチャンネル」キャスター
「高校野球中継」など
趣味:野球・バドミントン
特技:送りバント(三塁線にきっちり転がします)柔道弐段(切れ味抜群の鮮やかな受け身が持ち味)

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